コラム「幼児の発達過程は、今も昔も変わらない(前編)」|幼児教室探しの『幼児教室どっとこむ』

−幼児の発達過程は、今も昔も変わらない(前編)−

誕生したての赤ちゃんは、本当に小さくていたいけで、誰しもが守ってあげたいと思う存在です。赤ちゃんは自分では何もできません。お母さんは授乳をし、おしめを取り替え、お風呂に入れて寝かしつけて…。でも毎日の営みが続くうちに赤ちゃんは驚くほどのスピードで成長していきます。身体的にはやがて寝返りを打つようになり、お座りができ、ハイハイを始め、つかまり立ちから歩行へと進む。これを1年とちょっとで完了します。個人差もありますから、多少の早い遅いはありますが、この時期に無理に寝返りを打たせたり、お座りやハイハイを強要する親はいないでしょう。ましてや歩行となれば、赤ちゃん自身が立つことのバランスを獲得するまではまわりの強要は意味がありません。無理やり立たせようとすれば脱臼でもするのではないかと心配にもなります。おしゃべりも喃語から単語へと変化して、2才前後には2語文、3語文へと進んでいくのですが、それも強要は不可能でただひたすら愛情を持って語りかけてやる以外方法はありません。これらの発達は、もちろん回りからの応援も有効ではありますが、機が熟するのを待ってじっと見守るしかありません。ですから赤ちゃんが歩いた時の親の喜びはひとしおなのでしょう。

しかし身体的・言語的成長が一応見られたその後の発達の流れを、私達はどの様に捉えているのでしょう。もちろん物の本には発達の標準が示されていますが、日常的には余り細かく検討する人はいないでしょう。節目ごとに何が出来るようになったかを確認するのは、保健所の定期検診で、でしょうか。しかしこれは我が子とよその子との成長競争に目が行くきっかけでもあります。3才児検診が済むと、後は基準に照らし合わせてみる機会すら減って行く気がします。

しかし、あの身体的・言語的発達を本人の意思に任せて見守るしかなかった様な、幼児自身に任されるべき伸びというのは、2才まででもうお終いなのでしょうか。昨今の幼児に対する親の働きかけの中には、子どもの心を無視した押しつけや、度が過ぎる早期教育を受けさせるといった強制的な側面も目立ってきた様に感じます。幼児にとってこの一貫性のない取り組みはどの様に影響するのでしょう。

上記の様な状況に対して、「いったい子どもの成長とは」という問いに明快な示唆を頂いた話を書きます。お話しを聞かせて頂いたのは、生命誌の研究者、中村桂子さんです。彼女は私の高校の先輩で一昨年お目に掛かるチャンスがあった時の話です。 中村さんは「科学技術時代の子ども達」という本を書かれましたが、まずその中の“魔術と科学”について伺いました。それについては「人間は不思議と思うことに興味を持ち、それを解きたいと思う動物。不思議に関心を持つことが魔術・錬金術を生み出し、それが科学へとつながっていった」と答えて下さいました。次にその魔術の期間を子ども時代に持っておくことの大切さにはどんな意味があるのかおたずねしました。  …つづく

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幼児教室 パルクリエイション
代表 高崎 利子先生

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